横浜HARTクリニック

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高橋先生のこと

今月、広島HARTクリニックが広島市内から広島駅近くへ移転するのに伴い、高橋克彦先生が、HARTグループの臨床業務から完全にリタイアされます。広島HARTクリニックはすでに何年か前に、向田哲規先生に引き継がれていますが、月 1 回のグループ施設間の TV カンファレンスには高橋先生も出席されて、いろいろとご意見をいただいていましたので、その TV カンファレンスにも出席されなくなると、声を聞く機会も減り寂しくなります。

高橋先生に最初にお会いしたのは、1993年、約25年前のことです。私がアメリカ、シカゴへ体外受精と着床前診断の勉強へ行く少し前です。当時私は千葉で研修医をしていて、週1回、合計数回、加藤レディースクリニックの故加藤修先生に採卵と培養室のことについて教えてもらった後、広島HART クリニックに伺って2日間、施設を見学させていただきました。当時は卵子の細胞質に直接精子を入れる ICSI ではなく、透明帯の内側の囲卵腔というスペースに数匹の精子を注入する SUZI (subzonal insemination) という方法が行われていて、どちらのクリニックもその技術は国内最高であったと思います。

高橋先生に最初にお会いした時、(僭越ですが)私自身と考え、生き方が近い、という印象を持ちました。いずれ日本に戻ってくるときには、この先生と一緒に仕事をするような気がすると思いました。人生には、直感がその後を左右することがありますが、高橋先生との出会いはそんな出来事の一つであったのでしょう。近いと思う考え方、生き方は具体的には2つあります。

1つは、いつも世界に目が向いていること。高橋先生はアメリカで研修医(レジデント)をされた経歴があり、私も機会があればアメリカでレジデントをしたいと思って学生時代にその資格(当時はECFMG)を取得していました。日本では学べない何かがきっと海外にはあると思っていた私を、高橋先生も自分に似た面白い奴だと思ったと今でも言われます。論文は英語で書かれたものを中心に読むという姿勢も、常に本当の知識を吸収して、本物の実力をつけたいという思いの表れなのです。

もう1つは、決断力と実行力です。先送りせずにさっさと決める、人に仕事を割り当てる、決めたことは期限を決めて自ら実行する。組織をまとめるためには、憎まれ役にならなければならないことも多くありますが、高橋先生はそんな役も自ら買ってこられたと思います。

2014年に私が開業するにあたって、クリニック名は迷わず横浜HARTクリニックにしました。HART という名前をつけると知名度があるから患者さんが来てくれるというような考えは全くありませんでした。ただ純粋に、高橋先生のspirit を引き継いでいきたい、いかなければならないという思いからでした。今では、HART の「H」は「Human」の「H」となっていますが、もともとは「Hiroshima」の「H」であり、高橋先生のいろいろな思いを引き継ぎたいと思っています。

HART グループとして、その診療体制が全く同じではありませんが、横浜は横浜として時代のニーズにあった本物の生殖医療を目指していきますし、高橋先生が私を育ててくれたように、私も次の世代のスタッフを育てたいと思います。医師はまだ私一人ですが、医師以外のチームスタッフには恵まれていると思いますので、いつか良い医師とめぐり逢えたらいいですね。

高橋先生には、2020年までは、当院の顧問を続けていただきます。

受精卵(胚)の選択について

皆さん、こんにちは。今年ももう3月に入りました。花粉症もそろそろピークを迎えるころで、つらい方も多いでしょうね。治療中も、妊娠がわかるまでは薬を飲んでいてもかまいませんので、頑張って乗り切りましょう(私も花粉症です)。

さて、今日は受精卵(胚)の選択についてお話しします。

そもそも、なぜ胚を「選択」しなければいけないのでしょうか?

自然妊娠の場合には、胚を体外で目にすることはないわけですから、胚を人為的に選択することはありません。体外受精をするから胚を見ることになるわけです。さらに、自然周期で採卵をする場合、採取できる卵子は原則1個ですから、受精卵も1個、選択する必要はありません。

つまり、刺激周期で複数の卵子を採取し、複数の胚が得られるために、選択の必要が生まれるわけです。

一番古典的で今でも一般的な選択方法は、胚の形態(見た目の評価)です。いわゆるグレードです。採卵から3日目までは、〇分割、フラグメント△%、というような項目を評価して総合的にグレードをつけます。採卵から4日目では桑実胚、5日目以降では胚盤胞と呼ばれるステージに入るため評価法が変わりますが、やはりグレードをつけることができます。

グレードが良い方が着床率は高いですが、妊娠、出産を保証するものではありませんし、流産を防げるものでもありません。また、グレードが低いと生まれてくる赤ちゃんにも影響するのではないかと心配される方がいらっしゃいますが、赤ちゃんの健康状態を予測するものでもありません。

1990年代から遺伝子解析、解読の技術が進み、さらに1個の細胞に含まれるDNAを増幅する技術が開発され、胚の着床前診断(preimplantation genetic diagnosis, PGD)、着床前スクリーニング(preimplantation genetic screening, PGS)が可能になりました。1993年に私がアメリカでPGDの研究をしていた頃には、男女や限られた遺伝病しか診断できませんでしたが、今では染色体の数や構造の異常にとどまらず、胚(1個人)の遺伝子情報の全てを知ることができるようになりました。

このように、複数の胚があれば必ず何らかの選択が必要になり、「命の選別」という点では変わりありません。形態学的(見た目の)評価、すなわちグレードによる評価が問題視されず PGS が問題視されるのは、PGSでは具体的な染色体異常、特に13番、18番、21番、を持つ胚を排除するからです。不妊治療の目的が、染色体異常を持たない赤ちゃんを産むことであれば PGS は必要でしょうし、そうでなければ PGS は不要でしょう。その他、PGS の目的に流産を繰り返さないためという理由もありますが、その有効性については対象になる方の背景によります。

私自身も今後PGSを行うかどうか気持ちが揺れています。形態的(見ための)評価では「胚」の選択という名のもとにあまり意識されない「命の」選択を PGS では意識させられることになります。さらに、その胚の全ての遺伝情報を手にすれば、将来の健康状態、寿命、癌になる確率など、知りたくないかもしれない個人情報を、本来の遺伝子(遺伝情報)所有者である胚の許可なく第3者である私たちが知ることになり、命だけでなく生まれてくる子供の「人生」まで選択することになりかねません。

子供を持ちたいという基本的な願いを叶えることは、できるだけシンプルな方がいいですね。

追記:ご存じかもしれませんが、PGS の元になった PGD の起源について記しておきます。重度または致死的な遺伝病のために出生後苦しんだ末に亡くなる子供を産みたくない、かつ妊娠後に診断されても宗教上の理由で中絶できない女性に対して、PGD は考案されました。つまり、不妊ではない夫婦に対して、受精卵診断するために体外受精を用いたわけです。したがって、不妊治療の一部として行われる PGS とはコンセプトが異なります。

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