今日は、皆さんからお預かりしている大切な凍結受精卵(凍結胚)についてお話しします。
凍結受精卵の保存期間は施設ごとに任意に決められています。胚移植後、妊娠が成立してから分娩までが9か月、出産後1年間授乳するとして、凍結から2年程度を保存期限とし、その後は1年単位で延長費用をいただくことが多いのではないでしょうか。
当院では、期限が来てもクリニックから延長を希望するかどうかはお聞きしていません。その代り、1年の余裕を持って、凍結から3年間を保存期限としています。これは私の経験に基づきますが、保存期限が近づいた際に「保存を延長しますか」と聞かれた場合、もう出産を考えていなくても心情的に「希望しない(廃棄して欲しい)」と返信できない方が少なからずいらっしゃるからです。凍結胚の廃棄処分に関してはあまり表面に出てきませんが、不妊治療がうまくいった後に精神的な負担を与えうるとしてずっと以前から指摘されている問題です。
では、当院での廃棄方法の実際をお話します。凍結受精卵には、赤ちゃんになる力を持った受精卵もあれば、力のない受精卵も含まれます。しかし、不妊で悩むご夫婦が子供を授かるために一緒に頑張った同志であることには変わりません。ですから、廃棄する際には、凍結胚移植を行う胚の場合と同じ方法で丁寧に融解します。通常、胚移植をする場合には、融解後に回復をサポートする培養液で培養するのですが、廃棄する胚については積極的にサポートせずに1日置きます。翌日、発育が停止していることを確認した後、その他の発育停止胚と同じように廃棄します。他にも方法があるでしょうが、きちんと礼を尽くすという意味で、このようにしています。
「この方法でも忍びない」、「もう妊娠は考えていないが、自分の体に戻して区切りをつけたい」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。そのような方には、妊娠しない環境の子宮内または腟内に受精卵を戻す、compassionate transfer という方法があります。ドライに考えれば医学的に意味のないことでしょうが、不妊治療は精神面で奥深いところがあり、それぞれの方がどのように区切りをつけるか、あるいは折り合いをつけて生きていくか、私たち医療従事者がきちんと関わる大切なことだと思います。
凍結受精卵について相談したいことがあれば、遠慮せずにぜひご来院下さい。
皆さん、こんにちは。少しずつですが、街に人や車が増えてきましたね。皆さんの生活が早く元通りに、あるいは以前よりもより幸せなものになることを心からお祈りします。
さて、2カ月ほど前に書いたHART Newsletter の依頼原稿が印刷されたようなので、以下に転載しておきます。お時間のある時にお読みください。
この原稿が印刷される頃には、コロナウィルスによる新型肺炎も少しは収まっているでしょうか。開業してもうすぐ6年になりますが、多くの方々に支えられて今日まできました。改めてお礼申し上げます。この6年間、不妊で悩むご夫婦を全人的に診るよう心がけてきました。ARTではとかく技術先行なところがありますが、治療経験がご夫婦にとっても、生まれてくる子供にとっても辛いものとならないように努力しています。本来、不妊治療とは、「愛するパートナーとの間に子供を持ちたいと切に願う夫婦の卵子と精子が出会えるようにして、受精卵が子宮に着床できる環境を作ること」だと思っています。とてもシンプルなはずなのですが、近年様々な”add-on”(付加的な検査・治療)が現れ、患者さんの多くはその情報に困惑しているのではないでしょうか。これらadd-onのいずれもまだその有効性は証明されていません。
現在、日本で最も熱心に行われていることは受精卵の染色体検査(PGT-A)ですが、これもまだ、妊娠率(出産率)の向上や流産率の減少に貢献するか結論が出ていません。おそらく胚から細胞を採取すること(胚生検)の胚への侵襲によるのでしょうが、女性年齢が37歳位までなら、PGT-Aを実施しない方が妊娠率が高いという報告も散見されます。妊娠率も上がらず、流産率も減らないとなると、PGT-Aが確実にできることは、出産にいたる染色体異常、すなわち13番、18番、および21番トリソミーを診断することになります。これは、妊娠初期に母体採血で行う非侵襲的出生前診断(NIPT)と同じです。どんどん検査が増えて、どれもしないといけないような雰囲気になると、治療も息苦しくなりますね。さらに、妊娠に備えて身体を整えましょうというプレコンセプションケア、病気の原因の一つは母親の胎内環境にあると考えるBarker仮説など、妊娠、出産を取り巻く状況は女性にとって窮屈なものになりつつあります。もっとシンプルで息苦しくない不妊治療に戻ることはもうできないのでしょうか?
皆さん、こんにちは。
相変わらず、コロナウィルス肺炎で落ち着きませんね。身体的にも精神的にもバランスを崩さないように頑張っていらっしゃることでしょう。
海外では、不妊治療再開へ向けてのガイドラインが作成されていますので、日本でもそれらを参考にして生殖医学会からまた何かしらの声明が発表されるのではないでしょうか?歴史を振り返ってみると、戦争や疫病、飢饉などで人口が大きく減少した後には、出産数が増えて人口が戻ることが多かったようですが、今回はどうでしょうか?経済と人々の生活の安定回復が達せられないと、子供を持つこともままならない状況が続く可能性があります。
今回の件では、国は必ずしも国民の生活を守ってくれるわけでないことがわかりました。私たち国民もそれぞれ環境が異なる中で考えも異なり、国民全員が一致団結して日々を送ることが難しいのもわかりました。しかし、それぞれがきちんと責任を持って自分の考えで行動するのであれば、国から押し付けられた方針に全員が従うよりは民主主義的には健全でしょう。いろいろな価値観をオープンに話し合って、お互いに尊重することが大切です。私は、不妊治療において、卵子提供、代理母、ゲイカップル、レズビアンカップル、など多様な選択肢を考えてきましたが、もう少し先のことかなと思っていました。しかし、世界がこんなに脆弱で、昨日までの当たり前な生活がほんの短期間で失われたり変わってしまうのであれば、先送りにしない方がよさそうです。今年はまず卵子提供から始めようと思っています。