この1-2カ月、妊娠された方が多かったのですが、中には体外受精の合間に自然妊娠された方も何人かいらっしゃいました。素晴らしいことです。治療任せにせず、ご夫婦がきちんと夫婦生活をもっていらっしゃることがとてもうれしく思われます。
ホームページの「当院の実績」にも書いたように、精子と卵管機能に異常がなければ、体外受精周期以外のいつでも妊娠のチャンスがあります。
何年もタイミングで頑張って上手くいかなかったご夫婦が、なぜ体外受精治療周期の合間に妊娠できたかについて、私は次のように考えます。
1.卵巣刺激をしたことによって、排卵までに2-3ヶ月かかるような小さな卵胞の機能が活性化した。したがって、体外受精周期ではなく、その後の自然周期に刺激効果が現れた。
2.採卵のために針を卵巣に刺入したことで、卵巣内で血管新生などの新陳代謝がおこり、卵胞発育に良い影響を及ぼした。
3.卵巣刺激によって卵巣が腫大した(腫れた)ことで、卵巣のそばにある卵管が引き延ばされて周囲との癒着がとれ、卵子のピックアップができるようになった。
4.体外受精によって卵子と精子が出会えば受精することがわかり、より積極的にタイミング性交が持てるようになった。
いずれも臨床的に証明することは難しいですが、体外受精をしたことがプラスに働いたと考えてよいでしょう。タイミング性交、人工授精、体外受精といった方法にこだわることなく、6か月から1年の間に結果を出せるように、治療をご提案したいと思います。
アメリカで着床前診断の仕事をした後(前々回参照)、日本へは戻らずにロンドンの大学院に入学しました。自分で手紙を書いて、Marilyn Monk教授の研究室に入れてもらいました。意外と知られていませんが、Marilynは世界で最初に、蛋白質およびDNAレベルで着床前診断が可能であることを示した研究者です。
Marilyn のもとでは、着床前診断から離れて、彼女の主な研究分野であるepigenetics、特に精子、卵子、受精卵のDNAのメチル化とX染色体の不活性化に関する基礎研究を行いました。彼女とは学位取得後も含めて、5年半ほど仕事をし、何本かの論文も書きましたが、それ以上に、彼女からは仕事に対する姿勢について多くを学びました。
何をしろという指示をもらったことはほとんどなく、自分で過去の論文を読み漁って研究題材や実験手順を決め、都度進捗状況を報告に行くスタイルでした。しかし、Marilynはたいていの論文は読んでいて、それも細部にわたって丁寧に読み、それぞれの論文について必ずいくつかの弱点を拾い出していました。その上で、私のデータを見て、丁寧に厳しく指導してくれました。
Marilynは研究者として顔が広く、私が行き詰まると、「○○に聞いてみたら?」と言ってよく連絡先を教えてくれました。Marilynの大学院生だと伝えると皆親切にアドバイスをくれたり、装置を使わせてくれたり、大変ありがたく思いました。放任主義ではありましたが、常に真実を求めて不正を許さず、レポートや論文の下書きには真っ赤になるほど添削を入れてくれ、自分のために割いてくれた時間に感謝したものです。
このロンドンでの大学院生活以来、私も常に論文を批判的に読み、本当に正しいと確信できるものだけを取り入れる癖がつきました。不妊症領域では、患者さんの背景が一様でなかったり、母集団が小さかったりで、結果が正しいのかどうかわからない論文が多く、そういうものは「参考として、結論は保留」と判断しています。したがって、安全性に問題がないと思われる内容であれば、患者さんに「こういう方法が報告されていますが、試してみますか?」というように相談して、自分でデータをとり、有効かどうか結論するようにしています。
大学院生活から20年近く経ち、Marilynも80歳を過ぎましたが、今でも時々「この論文は読んだか?、あの論文はおかしい」「このアイデアをどう思う?」とメールをくれます。なぜ、どこの馬の骨とも分からない私を研究室に受け入れてくれ、親身になって指導し、今でも気にかけてくれるのか分かりませんが、私にとっては人生の恩人の一人です。
開院から1年が経ち、クリニックとしての診療体制もかなり整ってきました。体外受精の採卵を月に20-25人、凍結胚移植も月に10人程度行うようになりました。それに伴って妊娠される方も増え、日々何人か妊娠中の方を診察しています。
もちろん、皆さんに妊娠していただくことを目標に診療を行っているわけですが、私にとっての最終目標は、「生まれてくる子供をご夫婦に大切に育てていただくこと」です。そのために、治療が大変なものであっても、つらい思い出にならないよう、通院中のストレスが最小限になるよう努力しています。
また、残念ながら治療を終了することになった方には「結果は出なかったけれども、横浜HARTに通院したことに後悔はしていない」と思っていただくことが目標です。
不妊治療は人生の一時期の経験ではありますが、その後のご夫婦、ご家族の人生に大きな影響を与えるということを、常に意識して診療しています。
私が体外受精の世界に入ったのは1993年のことです。米国ウィスコンシン大学からフェローシップをもらい、1年間の予定で、体外受精を学ぶことと、着床前診断(PGD)の研究をすることを目的に留学しました。
当時はまだ、ヒトのゲノム解析の途中でしたから、多くの遺伝疾患の原因遺伝子がわかっていませんでした。そこで、男の子にのみ発症する病気(X染色体上の遺伝子に異常がある、伴性劣性遺伝という)を避けるために、受精卵の性別を調べる方法を研究していました。
その頃の最新技術であったPCR法やFISH法を用いていましたが、その後、ヒトの全ゲノム塩基配列が決定され、遺伝子解析技術は飛躍的に進歩しました。現在では、aCGH法やNGS(次世代シークエンス)法により、1個の細胞から染色体の本数や、全ての遺伝子を解析することが可能になりました。
日本でも、着床前診断(PGD)、着床前スクリーニング(PGS)の臨床研究・応用が予定されています。ウィスコンシン時代からずっと興味を持ち続けている分野の1つですが、本当にこの技術が不妊で悩む方たちを幸せにするのか、生まれてくる子供に対して責任を持ってベストな方法といえるのか、結論が出せずにいます。
特にPGSに対しては、ダウン症など染色体異常を持つ子供の出産を排除する可能性から否定的な意見の方も多いようです。私もダウン症など染色体異常をもつ受精卵(児)を排除したいとは思いませんが、患者さんが高齢化する時代の不妊専門医として、流産に終わる運命にある受精卵を見分ける方法は必要であると思います。
9月に入り、暑さは和らぎましたが、湿度の高い日が続いています。皆さん、体調はいかがですか?
夏と冬には、よく「暑い(寒い)と妊娠率は下がりますか?」という質問を受けますが、クリニックの統計としては、1年を通じて体外受精等の妊娠率は変わりません。
しかし、暑い(寒い)のが苦手、という方はいらっしゃるでしょうから、積極的な治療を進める場合には、できるだけ体調に自信のある時期を選ぶとよいと思います。
また、春には花粉症に悩む方が多いです(私もそうです)し、秋にはブタクサなどのアレルギーに悩む方もいます。薬を飲みながらの妊娠が大丈夫なのか、気になりますよね。
そうはいってもあまり考え過ぎると、1年のうち治療に最適な時期が見つからなくなってしまいます。それぞれの方に合わせて、一番良い方法を考えますので、遠慮せずに相談してください。
当院に通院中の方はご存じだと思いますが、待合室の壁に当院の「診療理念」が掲げてあります。その理念は以下の7つです。
1.患者さんの気持ちに寄り添った診療を行います。
2.患者さんの話をよく聞きます。
3.納得していただけるまで十分に説明します。
4.それぞれの患者さんに最適な治療を安全に行います。
5.院内勉強会、研修、学会参加を通じて、知識の吸収と技術の向上に努め、最高水準の医療を提供します。
6.定期的な接遇研修を行い、接遇マナーの改善、向上を目指します。
7.生殖医療および社会全般に貢献できるスタッフを育成します。
毎月1回、全スタッフが集まるミーティングで、必ず1人に音読してもらっています。スタッフには、患者さん1人1人のために最大限の努力をすることを常に意識して欲しいからです。
特に7には、目の前の患者さんの妊娠だけではなく、より広い視野に立って、そのご夫婦の将来、これから生まれてくる子供の福祉、その子供たちが生きていく社会、などについて考え、行動して欲しいというメッセージを込めています。
培養部は皆さんの大切な精子、卵子、受精卵(胚)をお預かりする部署です。高度不妊治療施設において非常に重要な部署でありながら、患者さんと接する機会がほとんどありません。これまで培養部スタッフが皆さんと接するのは、精液を受け取る時と、採卵および胚移植前の挨拶の時くらいでした。私は以前から、培養部のスタッフにはもっと積極的に患者さんと関わって欲しいと考えていました。そこで、今月から、まず採卵後の受精結果を培養部スタッフから伝えてもらうことにしました。「ちゃんと受精しただろうか」と不安の中、連絡を待っている患者さんに結果を伝えることで、自分たちの仕事により一層責任と喜びを感じて欲しいと思います(医学的な理由、または受精率が悪い場合など、医師が連絡をする場合があります)。
現在、横浜HARTクリニックには、培養部スタッフが4人います。今後、皆さんとお話する機会も増えると思いますので、以下、簡単に紹介します。
宇津野さん。横浜HARTクリニックの培養部責任者。理学博士。前職は信州大学産婦人科培養部。統計に強く、データを客観的に解析してくれます。今後、臨床研究を進める上で頼りになる存在です。
石丸さん。チームの中で培養士としての経験はもっとも豊富です。前職はファティリティクリニック東京。冷静に物事を考えて仕事ができる女性です。培養部の品質管理に力を発揮してくれています。
宇津野さんと石丸さんはどちらも日本卵子学会認定、生殖補助医療胚培養士で、顕微授精(ICSI)の技術が優れています。
松本さん。新卒で開院から一緒に頑張ってくれています。胚凍結プログラムの中心として力を発揮しています。根気よく、丁寧な仕事ができる女性です。
加藤さん。同じく新卒で松本さんより少し遅れて入職しました。大学院時代に神奈川レディースクリニックで非常勤で仕事をしていました。精子調整の経験が豊富です。
以上4名、話す機会があれば「あっ、○○さんだ」と思いながら話をしてみてください。
当院では、初診の方も再診の方も、電話で予約をお取りいただいています。近頃は電話よりもインターネット予約のほうが便利なのでしょうが、患者さんそれぞれの来院目的が異なるので、単純に何分ずつの予約枠というわけにはいきません。
採血やタイミングの時期をみる比較的短時間の診療の方から、ナースと自己注射の練習をする方、体外受精の相談や治療を続けるかどうかの相談の方まで、皆さんの待ち時間ができるだけ少なくなるように、受付またはナーススタッフが配慮して予約日時を決めています。
また、電話で直接声を聞くことで、インターネットでは伝わらないその方の体の調子や思いが伝わります。
今後も当分の間はインターネット予約を導入する予定はなく、電話が混み合うようになれば電話回線を増やして対応したいと思います。
7月7日に開院1周年を迎えました。
開院から守り続けている診療理念、「患者さんに寄り添った治療」を日々実践してきました。シンプルな理念だと思うのですが、スタッフからは「寄り添うってどういうことでしょうか」と聞かれることがありました。
私が考える「寄り添う」とは、患者さんから求められた時に、患者さんが必要とする距離を保ちながら助言し、患者さんが適切に判断、選択できるようにすることです。そのためには、お互いの信頼関係が必要ですし、スタッフには正確な医学的知識と観察力が必要です。つまり、「寄り添う」ことを実践すれば、患者さんにとっても良いし、スタッフにとっても医療従事者としての実力がつくはずなのです。もちろん、妊娠していただくことが最終目標ですが、そこへたどり着くまでの道程を大切にしたいと思っています。
それぞれのご夫婦が、治療と上手く付き合えるように、これからも「寄り添う」治療を続けていきます。
皆さん、こんにちは。
現在通院中の方、以前に通院していただいた方、これから通院をお考えの方、ご覧いただきありがとうございます。
ブログを始めてみることにしました。日々の診療の中で感じたことや思いついたこと、反省したこと、患者さんからいただいたメッセージなど、折に触れて書いてみようと思います。
定期的にとはいかないかもしれませんが、月に1-2回更新できるよう頑張ってみます。
慣れてきたら、私だけでなく、培養部や看護部、受付からのメッセージや報告も発信していくつもりです。
よろしくお願いします。